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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)80号 判決 1998年9月24日

東京都世田谷区八幡山三丁目三〇番六号

原告

小林直人

右訴訟代理人弁護士

馬場恒雄

右訴訟復代理人弁護士

田中史郎

東京都世田谷区松原六丁目一三番一〇号

被告

北沢税務署長

高橋政志

右指定代理人

森悦子

赤池昭光

上出宣雄

櫻井和彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

原告が平成六年三月二九日付けでした平成五年七月一一日相続開始(被相続人小林茂司)に係る相続税の更正の請求に対し、被告が平成六年六月二七日付けで原告に対してした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、亡父の死亡により開始した相続に係る相続税について、その申告に係る税額が過大であったとして、被告に対し更正の請求をしたところ、被告が、これに対し更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたため、原告がこれを不服としてその取消を求めている事案である。

原告が右相続により取得した財産の中には共同住宅一棟及びその敷地である宅地が含まれているところ、本件においては、右の不動産について、平成八年法律第一七号(以下「本件改正法」という。)による改正前の租税特別措置法(以下「措置法」という。)六九条の四の規定(相続開始前三年以内に取得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例。以下「本件特例」という。)が適用されるべきか否かが争点となっている。

一  関係法令の定め

1  相続税においては、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時(相続の場合でいえば相続開始の時)における時価により評価するのが原則であるが(相続税法二二条)、本件特例は、個人が相続若しくは遺贈により取得した財産又は個人が贈与により取得した財産で相続税法一九条(相続開始前三年以内の贈与財産の相続財産への加算)の規定の適用を受けるもののうちに、その相続開始前三年以内にこれらの相続又は遺贈に係る被相続人が取得又は新築をした土地等又は建物等(被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等ほか一定の要件に該当するものは除く。)がある場合には、同法一一条の二に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額又は同法一九条の規定によりその相続税の課税価格に加算される贈与により取得した財産の価額は、同法二二条の規定にかかわらず、その土地等又は建物等の取得価額として政令で定めるものの金額(土地等にあっては、その土地等の取得に要した金額及び改良費の合計額をいい、建物等にあっては、その建物等の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額からその建物等の取得の日からその相続の開始の日までの期間に係る所得税法施行令一二〇条一項一号イに規定する定額法に準じて大蔵省令で定めるところにより計算した金額(償却費相当額)を控除した金額をいう(措置法施行令(ただし、平成八年政令第八三号による改正前のもの。以下同じ。)四〇条の二第三項)。)とするという租税特別措置を定めたものであり、昭和六三年法律第一〇九号により創設されたものである。

2  本件特例は、本件改正法により廃止されたが、平成八年一月一日前に相続若しくは遺贈により取得した本件特例に規定する土地等若しくは建物等又は贈与により取得した本件特例に規定する土地等若しくは建物等のうち相続税法一九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が同日前に開始したものに係る相続税については、原則として、従前の例によることとされている(本件改正法附則一九条一項)。ただし、個人が平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続若しくは遺贈により取得した本件特例に規定する土地等又は贈与により取得した本件特例に規定する土地等のうち相続税法一九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が当該期間内に開始したものを有する場合における相続税法の規定によるその個人に係る相続税額(ただし、各種の税額控除前の相続税額をいう。)は、措置法七〇条の六第二項の規定の適用がある者以外の者の場合、その個人に係るその土地等及びその建物等について本件特例の適用があるものとして相続税法一五条から一七条までに定めるところにより算出した金額(その個人が同法一八条の規定の適用がある者である場合には、同条の規定を適用して算出した金額)と、その土地等について本件特例の適用がなく、かつ、本件特例に規定する建物等について本件特例の適用があるものとした場合におけるその個人に係る相続税法一五条一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額とのいずれか少ない金額とする旨の経過措置(本件改正法附則一九条三項)が設けられた。

二  前提となる事実(当事者間に争いがない事実)

1  当事者

原告は、平成五年七月一一日に死亡した亡小林茂司(以下「亡茂司」という。)の養子であり、亡茂司の唯一の相続人である。

2  亡茂司による不動産の取得等の経過

(一) 亡茂司は、平成二年六月一一日、朝日土地株式会社(以下「朝日土地」という。)との間で、別紙物件目録一、二記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録三記載の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)を一億三一三五万円で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同日、手付金として六五〇万円を支払った。

また、亡茂司は、同日、本件売買契約の仲介を行った京王不動産株式会社(以下「京王不動産」という。)に対し、本件建物の賃借人の募集を依頼した。

(二) 亡茂司は、本件建物について平成二年六月一七日新築を原因として、表示の登記の申請を行い、同月二〇日、右表示の登記が行われた。

(三) 亡茂司は、平成二年七月二二日、本件建物の最初の賃借人である古羽宏忠との間で、貸室賃貸借契約を締結した。

(四) 亡茂司は、平成二年七月三一日、本件売買契約に係る売買代金の残金一億二四八五万円を朝日土地に、本件売買契約の仲介手数料として四〇一万七〇〇〇円を京王不動産にそれぞれ支払った。

また、同日、本件土地については朝日土地から亡茂司への所有権移転登記手続が行われ、本件建物については亡茂司の所有権保存登記手続が行われた。

3  課税処分等の経緯

亡茂司の死亡により開始した相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税(以下「本件相続税」という。)についての課税処分等の経緯は、以下のとおりである(別紙「本件課税処分の経緯」参照)。

(一) 原告は、本件相続税について、その申告期限内である平成六年二月一四日、課税価格を一億七七四〇万四〇〇〇円、納付すべき税額を三五四一万一六〇〇円とする申告をした。

(二) 原告は、その後、課税価格及び納付すべき税額を再計算し、その申告に係る税額が過大であつたとして、平成六年三月二九日、被告に対し、課税価格を一億六三六〇万四〇〇〇円、納付すべき税額を二九八九万一六〇〇円とする更正の請求を行ったが、被告は、原告に対し、同年六月二七日付けで更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。

(三) 原告は、本件通知処分を不服として、平成六年八月一五日、被告に対し異議申立てをしたが、被告は、同年一一月一五日付けで右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

(四) 原告は、右異議決定を経た後の本件通知処分をなお不服として、平成六年一二月一四日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、平成八年一二月一九日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

三  課税根拠に関する被告の主張

被告が本訴において主張する本件相続税の課税価格及び納付すべき税額は、別表1記載のとおりであり、その金額は、原告が平成六年二月一四日付けでした申告に係る課税価格及び納付すべき税額と同額である。

別表1記載の課税価格及び納付すべき税額の算出根拠は、以下のとおりである(かっこ内に「争いがない。」と表記したものは、その金額等について当事者間に争いがないものである。)。

1  課税価格の合計額(別表1の順号10欄) 一億七七四〇万四〇〇〇円

右金額は、原告が本件相続により取得した財産の額から、控除すべき債務の額を控除した金額(ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条の規定により、課税価格一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)であり、その算出の経緯は次のとおりである。

(一) 相続により取得した財産の総頼(別表1の順号6欄) 一億八一二五万六八六六円

右金額は、原告が本件相続により取得した財産の総額であり、その内訳は次のとおりである。

(1) 土地(別表1の順号1欄) 八三〇一万八二四三円

右金額の内訳は別表3記載のとおりである。

(2) 家屋(別表1の順号2欄) 四八六八万二九六二円

右金額の内訳は別表4記載のとおりである。

(3) 現金及び預貯金(別表1の順号3欄) 四六八二万九五四四円

(争いがない。)

(4) 家庭用財産(別表1の順号4欄) 一〇万円

(争いがない。)

(5) その他の財産(別表1の順号5欄) 二六二万六一一七円

(争いがない。)

(二) 控除すべき債務の総額(別表1の順号7欄) 三八五万二六二九円

右金額は、相続税法一三条及び一四条の規定に基づき、原告が相続により取得した財産から控除すべき債務の合計額である。(争いがない。)。

2  原告の納付すべき相続税額(別表1の順号11欄) 三五四一万一六〇〇円

右金額は、相続税法一五条ないし一七条(ただし、同法一五条及び一六条については、いずれも平成六年法律第二三号による改正前のもの。以下同じ。)の各規定に基づき、次のとおり算出したものである。

(一) 原告の課税価格(別表2の順号1欄) 一億七七四〇万四〇〇〇円

右金街は、前記1記載の金額である。

(二) 遺産に係る基礎控除額(別表2の順号2欄) 五七五〇万円

(争いがない。)

(三) 課税遺産総額(別表2の順号3欄) 一億一九九〇万四〇〇〇円

右金額は、前記(一)記載の金額から右(二)記載の金額を控除した金額である。

(四) 法定相続分に応ずる取得金額(別表2の順号5欄) 一億一九九〇万四〇〇〇円

亡茂司の相続人は原告のみであることから、法定相続分に応ずる取得金額は、右(三)記載の金額と同額となる。

(五) 相続税の総額(別表2の順号6欄) 三五四一万一六〇〇円

右金額は、右(四)記載の金額に相続税法一六条の規定を適用して算出した金額(通則法一一九条の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(六) 原告の納付すべき相続税額(別表2の順号7欄) 三五四一万一六〇〇円

亡茂司の相続人は原告のみであることから、原告の納付すべき相続税額は、右(五)記載の金額と同額となる。

なお、本件改正法附則一九条三項により、本件土地について本件特例の適用がなく、本件建物について本件特例の適用があるものとした場合における原告に係る相続税法一五条一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額は一億五三〇五万八八一六円となり、その一〇〇分の七〇に相当する金額は一億〇七一四万一一七一円となるところ、右金額は、右の納付すべき税額三五四一万円一六〇〇円を上回ることになるから、原告については、本件改正法附則一九条三項により減額される金額はない。

四  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、本件相続税の課税価格の計算に当たり、本件不動産について本件特例を適用すべきか否かであり、具体的には、<1>本件不動産に本件特例を適用することがその趣旨、目的を逸脱し、違法、違憲となるか否か、<2>亡茂司が本件相続の開始前三年以内に本件不動産を取得したものと認められるか否かが問題となる。

右争点に関する当事者の主張は次のとおりである。

1  本件不動産に本件特例を適用することがその趣旨、目的を逸脱し、違法、違憲となるか否かについて

(原告の主張)

本件特例は、相続直前に借入金で土地等を取得することによる相続税の負担回避行為が横行し、税負担の公平上看過し得ない社会問題となつていたことから、相続開始前の借入金による不動産の取得に限らず、例えば、金融資産の売却等による不動産の取得をも念頭に置き、不動産の実勢価格と相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七。平成三年一二月一八日付け課評二―四、課資一―六により「財産評価基本通達」と改名。以下「評価通達」という)。)に従って評価した価額(以下「相続税評価額」という。)との乖離を利用した相続税の負担回避行為を抑制する趣旨・目的をもって創設されたものである。

ところで、亡茂司は、平成二年六月八日に東京都世田谷区八幡山に転居するまでは、東京都港区三田四丁目の借地上に建物(以下「本件借地権付き建物」という。)を所有し、ここに居住して機械工具の販売業を営んでいたものであるが、藤和不動産株式会社が周辺の地上げを行った結果、亡茂司も、平成元年八月二日、同社に対し、本件借地権付き建物を三億七一二八万円で売却することとなったものである。そして、亡茂司は、右売却代金により、居住用として世田谷区八幡山に自宅を建築し、さらに、老後を考えて賃貸用アパートとして本件不動産を購入することとし、平成二年六月一一日、朝日土地との問で本件売買契約を締結するに至ったのである。本件不動産の売買代金は、すべて本件借地権付き建物の売買代金の中から支払われたものであり、亡茂司は、本件不動産の購入のために金融機関からの借入れや金融資産の売却等は行っていない。

右のとおり、亡茂司は、老後の生活のために本件不動産を購入したものであり、相続税の負担回避を目的としてこれを購入したものではなく、また、本件不動産は、本件借地権付き建物を買い換えたものであって、その取得については「相続開始前の借入金」も「金融資産の売却等」も存在しないのであるから、本件特例を本件不動産に適用する合理的な理由はないのである。

本件特例は、特定の者に対して例外的に重い租税を課するものである以上、その適用は、本件特例が設けられた趣旨と目的に従って厳格に行われるべきであって、右適用の範囲を超えた課税は、憲法三〇条の予定する税金の本質に反するばかりか、憲法二九条により保障された私有財産制を根底から覆すことになるものであり、本件不動産に本件特例を適用することは、措置法に違反し、ひいては憲法二九条に違反するものというべきである。

ましてや、今日のように地価が下落し始め、路線価が時価を上回るようになり、税務当局も平成四年一二月ころからは、実勢価格による申告、更正もやむを得ないものとして処理しているような情勢下において、本件不動産に本件特例を適用して課税することは、相続開始前三年より前に取得したものについては相続開始時の実勢価格で評価していることとの比較において、両者の間で著しい不平等が生じることとなり、憲法一四条にも違反するものである。

(被告の主張)

(一) 本件不動産に本件特例を適用することはその趣旨、目的を逸脱するもので措置法に違反し、ひいては憲法二九条に違反する旨の主張について

(1) 昭和六〇年代に入り、地価上昇の著しい特定の地域において、不動産のいわゆる実勢価格と相続税評価額との乖離に着目して、不動産を相続開始前に借入金により取得するという形式による相続税の負担回避行為が横行し、税負担の公平上看過し得ない社会問題となっていた。

本件特例は、このような社会現象を契機として、相続開始前の借入金による不動産の取得に限らず、例えば、金融資産の売却等による不動産の取得をも念頭に置き、不動産の実勢価格と相続税評価額との乖離に基づく相続税の負担回避行為を抑制する趣旨・目的をもって創設されたものであるところ、仮に相続税の負担回避の意図がない場合でも、相続財産を不動産の形に変えたものとそうでないものとの間で相続税の負担の公平を図る必要があることも当然であるから、本件特例は、不動産の収得等が相続税の負担を回避する目的かどうかを問わず、一件に不動産の取得等をした者に適用するものとして定められ、これにより租税負担の公平を目指したものである。

また、被相続人が相続開始前三年以内に取得した土地等又は建物等であっても、措置法三三条に規定する収用等に伴い取得した代替資産等一定のものは本件特例の適用から除外されているが(措置法六九条の四第一項、同法施行令四〇条の二第二項)、本件不動産は、亡茂司が平成元年に譲渡した資産の買換資産として取得し、措置法三七条の特例の適用を受けたものであり、同条の適用を受けて取得した不動産については、本件特例の適用除外とはされていないので、亡茂司が買換資産として本件不動産を取得したことをもって、本件特例が適用されないとする原告の主張は失当である。

(2) そこで、次に、措置法が相続開始前三年以内に被相続人が取得した土地等又は建物等について本件特例を一律に適用することとしていることの憲法二九条適合性が問題となるが、憲法は、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねているものであり、したがって、裁判所が、租税法の規定が財産権を規定した憲法二九条に違反するか否かを判断するに当たっては、基本的にはその裁量的判断を尊重すべきであり、その立法目的が不当なもので、その立法による具体的な規定内容が右目的との関連で若しく合理性を欠くことが明らかでない限り、当該立法が憲法二九条に違反するものということはできないものと解するのが相当である。

本件特例の立法目的は、右(1)に述べたとおり、不動産の相続税評価額と実勢価格との乖離を利用した相続税の負担回避行為が横行している状況下において、これに適切に対処し、税負担の公平を確保することにあるところ、公平な税負担は租税法の基本原則というべきものであり、本件特例の立法目的は正当なものということができる。そして、被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等のほか一定の要件に該当するものは右特例の適用対象から除かれていることを考慮すると、相続開始前三年以内に被相続人が取得した土地等又は建物等について本件特例を一律に適用することとしていることをもって、直ちに著しく合理性を欠くものとはいえず、本件特例が法律自体として憲法二九条に違反するものということはできない。

なお、本件相続税の税額は、前記三2記載のとおり、三五四一万一六〇〇円となるところ、仮に本件土地について本件特例の適用がないものとした場合の原告に係る相続税の課税価格は、一億五三〇五万八八一六円となり、課税価格に占める相続税額の割合は約二三パーセントに止まるものであり、原告の負担する相続税が相続により取得した財産の相続開始時の時価を上回ることはないから、本件相続税の課税価格の計算上本件特例を適用することが憲法二九条に違反し、原告の財産権を侵害するものということはできない。

(二) 本件不動産に本件特例を適用することは憲法一四条に違反する旨の主張について

憲法一四条は、国民に対して絶対的な平等を保障したものではなく、合理的な理由なくして差別することを禁止する趣旨であるところ、措置法は特定の政策目的のために、特定の者に対して、例外的に租税を重課し、あるいは軽減することを目的として制定されたものであるから、措置法の適用がある場合とない場合を比較して、租税の負担の差が生じるのは当然のことであり、本件特例を適用した結果、相続税法二二条を適用した場合と比較して相続税の負担が重いものとなったとしても、本件特例の目的が正当であり、かつ、その内容が合理的なものである以上、本件特例が憲法一四条に違反するものということはできない。

2  亡茂司が本件相続開始前三年以内に本件不動産を取得したものと認められるか否かについて

(被告の主張)

(一) 本件特例の対象となる土地等及び建物等は、被相続人が相続開始前三年以内に取得等をしたものに限られているが、課税実務上、本件特例に係る「取得等の日」とは、他から取得した土地等又は建物等については、原則としてこれらの引渡しを受けた日とされている(租税特別措置法(相続税法の特例のうち、農地等に係る納税猶予の特例及び延納の特例関係以外)の取扱いについて(平成元年五月八日付け直資二―二〇八。以下「措置法通達」という。)六九の四―三)。これは、本件特例は、財産課税である相続税の課税上の特例であることから、これを適用するには、被相続人が土地等又は建物等の財産を確定的に取得している必要があるという理由のほか、今日の不動産売買契約においては、ほとんどの場合売買契約締結時には売買代金の一部のみを支払い、その後ある程度の期間をおいて売買代金の残代金の授受、物件の引渡し及び所有権移転登記に必要な書類の授受が行われるのが一般的であり、かかる不動産取引の実態を考慮すると、本件特例における「取得等の日」については、原則として引渡しを受けた日であるとして統一的に取り扱うのが課税の公平に資するとの理由に基づくものである。

なお、措置法通達六九の四―三において、「原則として」引渡しを受けた日によることとしているのは、例えば、引渡しを受けた日よりも前に取得代金の全額を支払済みであり、所有権移転登記も完了している場合など、引渡しをもって取得等の日とすることが取引の実態にそぐわないケースが例外的に考えられるためであり、このようなケースについては、土地等又は建物等の財産権を確定的に取得した日を個別の事情に照らして判断することとなるのである。

(二) 右(一)で述べたことを、本件についてみてみるに、本件売買契約においては、本件不動産の所有権は、売買代金全額の支払がなされたときに朝日土地から亡茂司に移転し、特約のない限り右所有権移転と同時に引渡しがなされるものとされ、引渡しについて特約は定められていなかったものであるところ、平成二年六月一一日の契約締結時には売買代金の総額一億三一三五万円のうち約五パーセントに相当する六五〇万円が支払われたのみであり、残代金一億二四八五万円は平成二年七月三一日に一括して支払われ、同日、本件土地に朝日土地を債務者として設定されていた根抵当権の抹消登記手続がなされた上、朝日土地から亡茂司に対し本件土地の所有権移転登記に必要な書類及び建物の保存登記に必要な書類の受渡しがなされて右各登記を了し、本件不動産のかぎの引渡しがなされるなど、右契約内容に沿って履行がなされているのであり、本件不動産については、代金が完済された右の平成二年七月三一日に朝日土地から亡茂司に所有椎が移転し、同時に引渡しがなされたことが明らかである。

本件の取引には、亡茂司による本件不動産の「取得等の日」を「引渡しの日」以外の日とすべき例外的な事情はなく、したがって、本件不動産の「取得等の日」は、本件不動産の所有権が亡茂司に移転し、同人に引渡しがなされて、同人がこれを支配管理するに至ったと認められる平成二年七月三一日であるというべきである。

(原告の主張)

本件特例は、相続の開始前三年以内に被相続人が取得又は新築した土地等又は建物等に適用されるものであるが、本件特例に係る「取得等の日」とは、収得者が当該不動産を「実質的に支配管理した日」をいうところ、以下の事実によれば、亡茂司は、本件相続の開始日である平成五年七月一一日の三年より前の時点において、本件不動産を実質的に支配管理していたものであるから、本件不動産には本件特例は適用にならないというべきである。

(一) 亡茂司は、平成二年六月一一日、朝日土地との間で、本件不動産について本件売買契約を締結し、手付け金六五〇万円を支払っていること。

(二) 原告は、平成二年六月一一日、亡茂司の代理人として、京王不動産の調布営業所に本件建物の入居者の募集を依頼し、アパートの名称についても相談しており、朝日土地は、そのころ、京王不動産に本件建物のかぎを引き渡し、亡茂司らは、本件建物に自由に出入りすることが可能となったこと。

(三) 平成二年六月末日ころ、原告が本件不動産に出向いたところ、本件不動産には、亡茂司側においてアパートの名称として決定した「メゾンリベルテ」という名称を表示したプレートが、朝日土地の費用で作成され設置されていたこと。

(四) 本件建物は、平成二年六月一七日に完成し、施工者である有限会社ムカイヤマ工務店から朝日土地に引き渡されており、同月二〇日、亡茂司の名義で表示登記がされていること。

(五) 朝日土地は、本件売買契約の代金については、本件借地権付き建物の売買代金をもって確実に支払がなされるものと確信し、前記(二)ないし(四)記載の「かぎの引渡し」、「プレートの設置」、「入居者の募集行為」、「本件不動産への自由な出入り」、「表示登記」等の亡茂司による本件不動産の実質的な支配管理を許容していたこと。

第三当裁判所の判断

一  本件不動産に本件特例を適用することがその趣旨、目的を逸脱し、違法、違憲となるか否かについて

1  前記第二の一1記載のとおり、本件特例は、相続開始前三年以内に取得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例を定める租税特別措置として、昭和六三年法律第一〇九号により創設されたものであるが、証拠(乙二、三)及び弁論の全趣旨によれば、その立法の経緯は次のとおりであると認められる。

(一) 相続税の財産評価は、評価通達に従って行われているが、相続税評価額は、課税上の評価であることや評価の安全性等の見地から、従来から、公示価格や実勢価格(市場価格)に比べて低い水準に押さえられてきた。しかし、昭和六〇年代当初、地価高騰の結果、不動産の相続税評価額と実勢価格との乖離が顕著になり、その価額の乖離を利用して、相続直前に借入金で不動産を取得することにより相続税の負担回避を図る事例が多くみられ、税負担の公平上看過し難い問題となつていた。

(二) このような相続税の負担回避の問題については、昭和六一年一〇月二八日の税制調査会の「税制の抜本的見直しについての答申」において、制度面を含め何らかの対応策を検討すべきであるとの意見が述べられ、昭和六三年四月二八日の税制調査会の「税制改革についての中間答申」においても、借入金による不動産取得等の相続税の負担回避行為について、税負担の公平を確保する観点から必要な対応策を講ずべきことが提言された。

(三) 右のような経緯により、借入金による不動産取得の場合に限らず、例えば、金融資産の売却等による不動産取得の場合をも念頭に置き、不動産の相続税評価額と実勢価格との乖離を利用した相続税の負担回避行為に対処し、税負担の公平を確保するため、昭和六三年末の税制改革の際に、被相続人が相続開始前三年以内に取得又は新築をした土地等又は建物等については、相続開始時における時価ではなく、取得価額により課税することを内容とする本件特別措置として創設された。

2  右認定のとおり、本件特例は、不動産の相続税評価額と実勢価格との乖離を利用した相続税の負担回避行為が横行している状況下において、これに適切に対処し、税負担の公平を確保することをその立法目的とするものであるところ、原告は、亡茂司は老後の生活のために本件不動産を購入したものであり、相続税の負担回避を目的としてこれを購入したものではなく、また、本件不動産は、本件借地権付き建物を買い換えたものであつて、その取得については相続開始前の資金の借入れも金融資産の売却等も存在しないのであるから、本件特例を本件不動産に適用する合理的な理由はなく、本件不動産に本件特例を適用することは、措置法に違反し、ひいては、憲法一四条、二九条、三〇条に違反する旨主張する。

3  しかしながら、原告の右主張は採用することができない。その理由は次のとおりである。

(一) 本件特例は、前示のとおり、不動産の相続税評価額と実勢価格との乖離を利用した相続税の負担回避行為に適切に対処し、税負担の公平を確保することをその立法目的とするものであるが、措置法六九条の四第一項及び第二項の規定の文言をみれば、本件特例は、被相続人による土地等又は建物等の取得等が相続税の負担回避を目的としたものであるか否かを問うことなく、その取得等が相続開始前三年以内に行われたものについては、被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等、措置法三三条一項に規定する収用等に伴い取得した同項に規定する代替資産その他政令で定める土地等又は建物等に該当するもの(以下「適用除外不動産」という。)を除き、一律に、その取得価額により相続税の課税価格を計算することとしていることは明らかである。

また、適用除外不動産については、措置法六九条の四第一項及び第二項において定めるもののほか、同法施行令四〇条の二第二項がこれを具体的に定めているところ、従前所有していた不動産の買換資産として取得した土地等又は建物等については、これらの規定において適用除外不動産とはされていない。

したがって、本件特例に関する措置法及び同法施行令の規定を前提とすれば、亡茂司が相続税の負担回避を目的として本件不動産を取得したものではなく、また、本件不動産が本件借地権付き建物の買換資産として収得されたもので、その取得について資金の借入れ等が存在しなかったとしても、これらの事実は、本件不動産に対する本件特例の適用の有無を左右するものではないというべきであり、本件不動産に本件特例を適用して課税することが憲法三〇条に違反するものでないことも明らかである。

(二) そこで、措置法が被相続人による土地等又は建物等の取得等が相続税の負担回避を目的としたものであるか否かを問うことなく、その取得等が相続開始前三年以内に行われたものについては、適用除外不動産に該当しない限り、一律に本件特例の適用対象としていること、さらには、措置法及びその委任を受けた同法施行令が従前所有していた不動産の買換資産として取得した土地等又は建物等を適用除外不動産として規定していないことが、憲法一四条、二九条に違反するか否かについて検討する。

憲法一四条一項は、法の下の平等を保障しているが、同項は、国民に対して絶対的な平等を保障したものではなく、合理的理由のない差別をすることを禁止したものであって、国民各自の事実上の差異に相応してその法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない。また、憲法二九条一項は、私有財産制を保障するとともに国民の個々の財産権を基本的人権として保障しているが、同条二項は、立法府が社会全体の利益を図るために財産権に規制を加えることを認めているところである。

ところで、租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加えて、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるに当たっては、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とするものである。それゆえ、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねざるを得ないものである。したがって、裁判所は、租税法の規定が法の下の平等を定めた憲法一四条一項及び財産権を保障した憲法二九条に違反するか否かを判断するに当たっては、基本的には立法府の裁量的判断を尊重し、その立法目的が正当なものである場合には、その立法による具体的な規定内容が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、当該立法が憲法の右各条項に違反するということはできないと解するのが相当である。

右の観点から、本件特例についてみてみるに、本件特例の立法目的は不動産の相続税評価額と実勢価格との乖離を利用した相続税の負担回避行為が横行している状況下において、これに適切に対処し、税負担の公平を確保することにあるところ、公平な税負担は租税法の基本原則というべきものであり、本件特例の立法目的は正当なものということができる。

本件特例の規定内容についてみれば、本件特例は、被相続人による土地等又は建物等の取得等が相続税の負担回避を目的としたものであるか否かを問うことなく、その取得等が相続開始前三年以内に行われたものについては、適用除外不動産に該当しない限り、一律に取得価額により課税することを定めるものであるが、仮に相続税の負担回避の意図がない場合であっても、相続財産を不動産の形に変えた者とそうでない者との間で相続税の負担の公平を図る必要があるのみならず、相続税の負担回避の意図があったか否かを外部から判断することは必ずしも容易なことではないから、租税法の定立に当たって、その適用要件を形式的客観的なものとすること、はやむを得ないことであり、加えて、本件特例においては、被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等については適用を除外するなどして、税負担が過酷となることがないような配慮がされていることをも考慮すると、本件特例の規定内容がその立法目的との関連で合理性を欠くものということはできない。

なお、措置法六九条の四第一項は、いかなるものを適用除外不動産とするかについて、その一部を政令に委任しているが、同法施行令四〇条の二第二項は、その規定内容にかんがみれば、その委任の範囲内で制定されたものということができ、右施行令において、従前所有していた不動産の買換資産として取得した土地等又は建物等を、適用除外不動産に含めていないことをもって、その委任の趣旨に反するものということはできない。

したがって、措置法が被相続人による土地等又は建物等の取得等が相続税の負担回避を目的としたものであるか否かを問うことなく、その取得等が相続開始前三年以内に行われたものについては、適用除外不動産に該当しない限り、一律に本件特例の適用対象としていること、さらには、措置法及びその委任を受けた同法施行令が従前所有していた不動産の買換資産として取得した土地等又は建物等を適用除外不動産として規定していないことが、それ自体として、憲法一四条、二九条に違反するということはできない。

もっとも、被相続人が不動産を取得した後、その時価が大幅に下落した場合において、本件特例を形式的に適用すると、個人の相続税の負担がその個人が相続等により取得した財産の相続開始時の時価と対比して過大となり、相続税課税の趣旨を逸脱するものと判断される場合もあり得、その場合には、本件特例を形式的に適用して課税を行うことの憲法の右各条項との適合性について、別の考慮を要するが、本件不動産に本件特例が適用されることを前提として本件相続税の税額を計算すると、後記三記載のとおり、その税額は三五四一万一六〇〇円となるところ、甲一及び弁論の全趣旨によれば、仮に本件不動産について本件特例の適用がないものとしても、本件相続税の課税価格は一億一〇〇〇万円を超えるものと認められ、右税額と右課税価格を対比してみれば、原告の負担する相続税が本件相続により取得した財産の相続開始時の時価と対比して過大となり、相続税課税の趣旨を逸脱するものということができないことは明らかである。

(三) したがって、本件不動産に本件特例を適用することが措置法に違反し、ひいては、憲法一四条、二九条、三〇条に違反するとの原告の前記2記載の主張は採用することができない。

二  亡茂司が本件相続開始前三年以内に本件不動産を取得したものと認められるか否かについて

1  前記第二の一1記載のとおり、本件特例は、被相続人が相続開始前三年以内に取得又は新築をした土地等又は建物等(適用除外不動産を除く。)に限って、その適用対象とするものである。そして、本件特例に係る「取得等の日」とは被相続人が当該土地等又は建物等に対する実質的な支配を有するに至り、その財産権を確定的に取得したと認められる日をいうものと解するのが相当である。

2  そこで、本件不動産について、これをみるに、前記第二の二2記載の事実と証拠(甲一、四、六、乙四ないし七、証人渋谷尚美、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、亡茂司の代理人として、平成二年六月一一日、朝日土地との間で、本件不動産を代金一億三一三五万円で買い受ける旨の本件売買契約を締結し、同日、手付金として六五〇万円を支払った。

本件売買契約においては、残代金一億二四八五万円については同年九月五日までに支払う旨約定されており、本件売買契約の契約書においては、本件不動産の所有権は、買主が売買代金金額を支払い、売主がこれを受領したときに売主から買主に移転する旨(同契約書六条一項)、特約により引渡日を定めた場合を除き、売主は、右の所有権移転と同時に買主に本件不動産を引き渡す旨(同条二項)規定されていたところ、本件売買契約については、引渡日の特約は定められていなかった。

また、原告は、亡茂司の代理人として、本件売買契約締結日に、その仲介を行った京王不動産に対し、本件建物の賃借人の募集を依頼した。

なお、本件売買契約が締結された時点においては、本件建物の本体工事は完了していたが、外構工事は未了の状態であった。

(二) 朝日土地は、亡茂司の名義で、本件建物について平成二年六月一七日新築を原因とする表示の登記の申請を行い、同月二〇日、右表示の登記が行われた。

(三) 平成二年六月二九日ころまでには、アパートの名称や賃料等の募集要項が確定し、これに従って、京王不動産により入居者の募集が行われ、亡茂司は、同年七月二二日、本件建物の最初の賃借人である古羽宏忠との間で貸室賃貸借契約を締結した。

(四) 亡茂司は、平成二年七月三一日、本件売買契約に係る売買代金の残金一億二四八五万円を朝日土地に、本件売買契約の仲介手数料として四〇一万七〇〇〇円を京王不動産にそれぞれ支払った。

また、同日、本件土地については朝日土地から亡茂司への所有権移転登記手続が行われ、本件建物については亡茂司の所有権保存登記手続が行われた。

3  右認定のとおり、本件売買契約においては、本件不動産の所有権は、売買代金全額の支払が行われたときに朝日土地から亡茂司に移転し、その所有権移転と同時に引渡しも行われるものと合意されていたところ、本件売買契約が締結された平成二年六月一一日には、売買代金の総額一億三一三五万円の約五パーセントに当たる六五〇円の手付金が支払われたに止まっており、その後、同年七月三一日に売買代金の残金一億二四八五万円が文払われ、同日、亡茂司を所有者とする本件土地の所有権移転登記手続及び本件建物の保存登記手続が行われたことからすれば、亡茂司は、右の売買代金の残金が支払われた平成二年七月二二日に本件不動産の所有権を確定的に取得したと認めるのが相当である。

この点につき、原告は、前記第二の四2(原告の主張)(一)ないし(五)記載の各事実から、亡茂司は本件相続の開始日である平成五年七月二日の三年より前の時点において、本件不動産を実質的に支配管理していた旨主張する。しかしながら、証人渋谷尚実の証言によれば、平成二年六月二〇日に本件建物について表示の登記がされたのは、後日売買代金の残金が支払われて本件建物の引渡しを受けた場合に速やかに保存登記を行うことができるようにするためであると認められる。また、原告が亡茂司の代理人として同月一一日に京王不動産に本件建物の賃借人の募集を依頼したことは前記認定のとおりであり、証拠(甲二、六、証人渋谷尚美、原告本人)によれば、京王不動産はそのころより賃借人募集の仲介業務を開始したこと、原告や京王不動産は賃借人の募集活動を行う限度で本件建物への出入りが許されていたこと、同月一三日ころ、本件建物のアパートとしての名称が「メゾンリベルテ」と決まり、同月末ごろ、本件建物にその名称を表示したプレートが設置されたことが認められるが、これらの行為は、建物の引渡し後に速やかにこれを賃貸に供することにより投下資本の効率的な回収を図るためのものであると認められる。右認定のとおり、本件建物についての表示の登記の経由、本件建物の賃借人の募集等の行為は、いずれも本件不動産の引渡し前の準備行為にすぎず、原告や京王不動産らはその限度で本件建物への出入り等が許されていたに止まるものであるから、右の各事実をもって、亡茂司が平成二年七月一一日以前に本件建物の所有権を確定的に取得したことの徴ひょうとみることはできない。原告の指摘するその余の事実も、亡茂司が平成二年七月三一日に本件不動産の所有権を確定的に取得したとの前記認定を左右するものではなく、他に右認定を接すに足りる証拠はない。

4  したがって、本件不動産は、被相続人である亡茂司が本件相続の開始日である平成五年七月一一日の前三年以内に取得したものとして、本件相続税の課税価格の計算に当たっては本件特例が適用になるものというべきである。

三  本件通知処分の適否について

1  本件相続税の課税価格の計算に当たつて、本件不動産に本件特例が適用になるとすると、本件相続により原告が取得した財産のうち土地及び家屋の価額が、それぞれ別表3及び別表4記載のとおりとなることは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

2  そして、別表3及び別表4記載の土地及び家屋の価額を前提として、本件相続税の課税価格及び税額(ただし、本件改正法附則一九条三項による経過措置を適用する前の税額)を計算すると、前記第二の三記載のとおり、その課税価格は一億七七四〇万四〇〇〇円、税額は三五四一万一六〇〇円となるところ、以下のとおり、原告については」本件改正法附則一九条三項により減額されるべき金額はない。

すなわち、甲一及び弁論の全趣旨によれば、不特定多数の者の通行の用に供されている私道部分を除いた本件土地の地積は七六・九七平方メートルであること、平成五年分の本件土地の正面路線価は一平方メートル当たり四四万円であること、右路線価に係る借地権の割合及び借家権の割合はそれぞれ六〇パーセント及び三〇パーセントであること、以上の各事実を基に、評価通達に従って本件土地の相続税評価頼を算定した上、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(平成六年法律第二二号による改正前の措置法六九条の三)を適用して、相続税の課税価格に算入すべき本件土地の価額を算定すると、その価額は八三三万一二三二円となること、この価額を基に、本件土地について本件特例の適用がなく本件建物について本件特例の適用があるものとした場合における原告に係る相続税法一五条一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額を計算すると、その金額は一億五六五三万八〇〇〇円となり、その金額の一〇〇分の七〇に相当する金額は一億〇九五七万六六〇〇円となることが認められる。右認定事実によれば、本件土地について本件特例の適用がなく本件建物について本件特例の適用があるものとした場合における原告に係る相続税法一五条一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額の一〇〇分の七〇に相当する金額は、前示の本件改正法附則一九条三項による経過措置を適用する前の税額三五四一万一六〇〇円を上回ることになるから、原告については、右経過措置により減額される金額はないことになる(なお、被告は、本件土地について本件特例の適用がなく本件建物について本件特例の適用があるものとした場合における原告に係る相続税法一五条一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額は一億五三〇五万八八一六円である旨主張するが、仮に右金額を前提としても、原告について本件改正法附則一九条三項により減額される金額がないことは、右と同様である。)。

3  そうすると、本件相続税の課税価格は一億七七四〇万四〇〇〇円、納付すべき税額は三五四一万一六〇〇円となり、右各金額は、原告の申告に係る課税価格及び納付すべき税額と同額であるから、原告の更正の請求に対して更正すべき理由がないとした本件通知処分は適法というべきである。

第四結論

よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 増田稔 裁判官 篠田賢治)

別紙 物件目録

一、調布市小島町二丁目一一番二

宅地 八七・五〇平方メートル

二、調布市小島町二丁目一一番一四

宅地 〇・八四平方メートル

三、調布市小島町二丁目一一番地二

家屋番号 一一番二の一

木造スレート葺二階建共同住宅

床面積 一階 四〇・八一平方メートル

二階 四〇・八一平方メートル

別紙

本件課税処分の経緯

<省略>

別表1 課税価格等の計算明細表

<省略>

別表2 税額算出表

<省略>

別表3 土地の内訳

<省略>

別表4 家屋の内訳

<省略>

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